ホーム > 診療科のご案内 > 脳神経外科 > 低髄液圧症あるいは脳脊髄液減少症について

受付時間のご案内

  • 受付時間:8:00~11:30

診療医は診療担当表をご確認ください。

山形県立中央病院にご用命の際はこちらをご覧ください

受付時間のご案内

  • 面会受付:13:00~16:30

山形県立中央病院にご用命の際はこちらをご覧ください

診療科・部門のご案内

“低髄液圧症”あるいは “脳脊髄液減少症”について:脳神経外科

脳脊髄液減少症(特発性低髄液圧症候群)について

脳脊髄液減少症や低随液圧症候群は未解明な部分が多く、文献も限られていますが、交通事故によるむち打ち症後遺症と深く関わることがあり、交通事故以外にスポーツ外傷、転倒・転落、出産などもこの疾患の原因となると考えられています。また慢性疲労症候群、線維筋痛症、小児の不登校(起立性障害などによる)との関わりも指摘されており、稀な疾患ではないと言われるようになりました。
しかしながら、現状ではこの疾患に対する認知度は低く、懐疑的な意見もあり、脳脊髄液減少症であるにもかかわらず、適切に診断されない症例も少なくはありません。
また髄液が減少する病態の診断名に関して、低随液圧症候群、脳脊髄液減少症、脳脊髄液漏出症など様々な呼び名から未だに混乱が生じていることも事実です。
当院では、この疾患が比較的注目されるようになる以前から、積極的にこの疾患について検査治療を行って参りました。
以下に、この疾患の原因、機序、治療、いくつかの問題点などについてご紹介します。

 

1.脳、脊髄と髄液の関係[図1]

脳と脊髄は、硬膜という袋の中に入っており、この袋は、水様透明の"髄液"に満たされています。この"髄液"は川のように流れており、この髄液が流れる脳、脊髄の表面を"くも膜下腔"と呼んでいます。この髄液量と圧(髄液圧)は通常ほぼ一定に保たれています。

脳、脊髄、硬膜、くも膜下腔の関係(矢状断:横から見た断面。左が前)

[図1]脳、脊髄、硬膜、くも膜下腔の関係 (矢状断:横から見た断面。左が前)

2."低髄液圧症"あるいは"脳脊髄液減少症"の原因と病態

この病気は、本来なら一定であるべき"髄液圧"が"低い"状態にあることにより引き起こす症状を来す疾患群です。その症状は、起立性頭痛(起き上がると頭痛が増強する)を主とし、それに付随して、頚部痛、全身倦怠(疲れやすい)、めまい、吐き気、耳鳴り、"うつ"などきわめて多彩であり、髄液圧を測定すると正常より低いため、医学的にはこの低い髄液圧が症状の原因と考えられています。この圧が低くなる原因は、脳脊髄腔から脳脊髄液(髄液)が持続的ないし断続的に漏出することによって起こるということが分かってきました。[図2]

硬膜の破綻により髄液が漏出し、髄液圧の低下と髄液量の減少が起こる

[図2]硬膜の破綻により髄液が漏出し、髄液圧の低下と髄液量の減少が起こる

 

また一連の検査により髄液の漏出が確認されても、むしろ脊髄圧は正常な例も少なくありません。このことから「脳脊髄液減少症」という病名も提唱されていますが、実際には髄液量を計測することはできないため、「脳脊髄液漏出症」として、平成24年に厚生労働省脳脊髄液減少症の診断・治療法に関する研究班が脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準を公表しています。現在我々の施設はこれに基づいて診断を行っています。

 

(脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準 http://www.id.yamagata-u.ac.jp/NeuroSurge/nosekizui/pdf/kijun10_02.pdf)

[図3] 疾患概念として、脳脊髄液減少症の中に髄液漏出症や低随液圧症病態がありそれらがオーバーラップすることがある

(脳脊髄液漏出症画像判定基準・
       画像診断基準より一部改変)

3.診断方法

1)問診

問診は重要で、症状・経過・発症の状況など伺います。特に起立性の頭痛や体位による症状の変化は典型的とされており、本疾患の診断に重要です。また症状は非常に多彩でめまいや耳鳴、視力低下や自律神経症状と様々な症状を呈することがあります。

テキスト ボックス: ・頭痛(起立性)、悪心、嘔吐、食欲低下、全身倦怠感  ・視覚に関する異常(複視、霧視、一過性の視力障害、羞明感、眼振、視野異常など)  ・聴覚に関する異常(難聴、耳鳴、聴覚過敏、耳閉感など)  ・その他(めまい、ふらつき感、項部硬直、顔面の筋力低下やしびれ感、味覚異常、吃逆、発汗、乳汁漏出、徐脈など  ・背部痛や神経根痛を思わせる上肢痛(漏出による場合)  ・意識障害

[表1]特発性低随液圧症候群の症候

 

2)脳・脊髄MRI

髄液減少(低随液圧)病態は造影脳MRIにより評価できます。①びまん性硬膜増強効果、②脳下垂、③硬膜下髄液貯留、硬膜下血腫、④脳室狭小化、⑤下垂体腫大、⑥静脈、静脈洞拡張などが典型的な所見です。
脊髄MRI所見としては①くも膜下腔外の液体貯留、②硬膜外液体貯留、③硬膜造影、④硬膜外静脈叢拡張が知られています。

低髄液圧状態のMRI

[図4]低髄液圧状態のMRI
硬膜(黄色矢印)が造影剤で著明に増強されている(白く写っている)。通常はこの様にくっきりと白くは写らない

3) 放射性同位元素(RI)脳槽シンチグラフィー

腰部から硬膜内に細い針を刺し(腰椎穿刺)、RIを髄液腔(くも膜下腔)に注入します。経時的にガンマカメラで頭蓋・脊椎を撮影する事によりRIを介して髄液の流れをみる事ができます。正常では硬膜の袋からRIが漏れる事はありませんが、もし硬膜から漏れていると、硬膜外にRIが認められます(硬膜漏出の直接所見)。また、硬膜外にRIが漏れると、頭蓋円蓋部へのRIの流入の遅延〜欠如がおこったり、急速に血管内にRIが吸収されるため早期に膀胱内(尿中)にRIが写ってきたり、早く尿として排泄されるため24時間での体内のRI残存率が低下します(硬膜漏出の間接所見)。

4) CTミエログラフィー

RI脳槽シンチグラフィーと同様に腰椎穿刺により髄腔内に造影剤を注入し、全身CTを撮影する事で、造影剤が髄腔内から硬膜外へ漏出していないかを確認する検査です。

5) MRミエログラフィー

髄液漏出像検出の可能性としてMRIを使用したMRミエログラフィーを行うことがあります。MRミエログラフィーについては硬膜穿刺のリスクが無く、造影剤が不要、短時間の検査、空間分解能が高い等の利点があります。
また最近では“腰椎穿刺で髄腔内に造影剤を投与して行うMRミエログラフィー”が有効であるという報告もあります。

 

ブラッドパッチ

[図5]RI注入1時間後のガンマカメラ像

1.硬膜の袋の外に髄液(RI)が漏れ出ていることを示している。 漏れたRIがクリスマスツリーのように見えるため、クリスマスツリー現象と言われている。

2.膀胱にRIが早期(1時間後)から出現している。

4.治療

1)時期による治療方法の選択

I)急性期(発症1ヶ月以内) 
2週間程度、臥床安静と十分な水分摂取を指示します。場合によっては点滴を行うこともあります。

II)慢性期(発症1ヶ月以降)や臥床安静、水分摂取で改善しないとき。
諸検査、特にRIで髄液の漏出が確認されたときは、「硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ)」という"漏れ"を止める治療法を検討します。

2)硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ)

I)方法
これは、漏出部位の近傍で経皮的に硬膜の外側に入れた穿刺針から自己(患者さん本人の)血液を硬膜の外側に注入し、その血液で硬膜の漏出部位を塞ぐ方法です。[図6]血液(ブラッド)でパッチを当てるといった意味です。平成28年、脳脊髄液減少症に対する治療、ブラッドパッチがようやく保険収載されました。

II)治療成績*
1回の注入では20%程度で症状が著明に改善すると報告されています。初回で効果がないときは複数回行うことも少なくありません。総合的に治療を行った成績では、一年後の時点で、ほとんど完治が2割、かなり改善が5割とあわせて7割くらいが満足できる結果と言われています。残り3割はほとんど、あるいはまったく改善が得られていません。

III)副作用
硬膜外穿刺は、硬膜外麻酔などでしばしば行っている比較的安全な穿刺方法です。しかし注入部位の疼痛や注入することによる急激な頭蓋内圧の上昇により頭痛、背部痛、腰痛などが起きたり徐脈がみられる場合もあります。たいていは一過性です。また、脊髄神経や脊髄を圧迫して、錯覚感、しびれ、知覚低下、尿失禁、微熱、嘔気、髄液漏、感染などが生じることもあります。

血液で硬膜の漏出部位を塞ぐ方法です

[図6]ブラッドパッチ

硬膜外腔(硬膜の袋の表面)に血液を注入すると、硬膜の袋の周囲に広く血液が広がり、破綻している硬膜の穴を塞ぐ。

5.当院での患者分析

脳脊髄液漏出症に対するブラッドパッチは2012年に先進医療の承認を受け行ってきました。2016年4月からは健康保険適応となりました。

2012年6月~2018年6月の期間中、当科外来を受診し本疾患と関連性があると判断された患者120名のうち、漏出症と確定した患者さん9名にブラッドパッチを行いました。男性:4例、女性:5例で平均年齢は32.8歳(13〜53歳)でした。原因は特発性5例、外傷性3例、医原性1例でした。9例のうち4例に髄液圧低下(低随液圧症)を認めました。

ブラッドパッチを行った9例のうち7例において1回のブラッドパッチで症状の改善が認められました。1例は一時的に改善しましたが、症状の再燃があり、もう1例は症状の改善が認めあれなかったため、これら2例に対しては2回ブラッドパッチを行い症状は改善しました。

1例でブラッドパッチ後に下肢の不全麻痺を認め、血液による硬膜嚢への圧排によるものと考えられましたが、血腫の自然吸収とリハビリテーションにより早期に回復しました。

6.今後解決すべき問題点

低随液圧症候群は治療予後良好で完治率も高いです。しかしながら一部の症例で2回以上のブラッドパッチを行い、半年以上経過しても効果が得られない症例も存在します。(ブラッドパッチ後残存している症状に対しては、通常それぞれの症状に対する対症療法が行われます。)

病態がまだ不明な点も多く、また上述の通り病名の混乱などから認知度がまだ不十分であったり、適切に診断されない症例が少なくありませんが、稀に硬膜下血腫を合併することもあり、時に生命を脅かす状態となることがあるため、適切な周知および更なる病態の解明が必要と考えています。

なかなか改善しない頭痛の場合脳脊髄液減少症や低随液圧症候群が隠れているかもしれません。お気軽に当科へご相談ください。


山形県立中央病院のページトップへ移動する